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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)93号 判決

原告

内藤公明

代理人

東中光雄

外八名

被告

大阪国税局長

佐藤吉男

指定代理人

広木重喜

外六名

主文

被告が昭和三九年九月五日付でなした、原告の昭和三七年の所得税について城東税務署長によつてなされた更正処分に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)

一、原告

主文と同旨の判決。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(当事者双方の主張)

第一 原告の請求原因

一、原告は、肩書地において金属加工業を営んでいる者であるが、原告の昭和三七年の所得税について、昭和三八年三月一五日総所得金額を金七二〇、〇〇〇円として確定申告をしたのに対し、城東税務署長より、同年一〇月三日付で、総所得金額を一、七二七、九八四円とする更正処分を受けたので、同年一一月二日同署長に対し、総所得金額を金九三九、〇〇〇円として異議申立てをしたところ、同署長より昭和三九年一月二九日付で棄却され、更に同年二月二四日被告に対し審査請求をしたところ、同年九月五日付でこれを棄却する旨の裁決がなされ、同日その旨裁決書謄本の送達を受けた。〈以下省略〉

理由

一、原告の請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、行政不服審査法の法的位置づけ

原告は、その請求原因二(一)乃至(五)において、本件裁決は手続上違法である皆を主張するものであるが、その違法であると指摘する事由のうちの大部分、即ち(四)を除く(一)乃至(三)および(五)は、いずれも審査法に関係のある主張であるので、原告が主張する個々の違法事由を検討するに先立つて、審査法が予定しているとみられる行政不服審査制度の本質を明らかにするとともに、審査法が規定している個々の条項のうち、原告の主張と関連する審理手続の諸条項について概観を試みた上、審査法の解釈の指針を探り出す必要があると思われる。

審査法は、訴願法(明治二三年法律第一〇五号)を全面的に改正するという意図の下に、昭和三七年八月三一日第四一回臨時国会において可決成立し、同年九月一五日に昭和三七年法律第一六〇号として公布され、同年一〇月一日より施行された法律である。それ故、訴願法を中心とする審査法施行前の訴願制度と対比することによつて、審査法の意味内容を明らかにするというやり方が、ここでは最も適当な方法ということになるであろう。もつとも、審査法施行前の国税に関する不服申立てについては、訴願法そのものの適用が排除され(所得税については旧所得税法五〇条)、国税徴収法、所得税法、法人税法、相続税法、および資産再評価法の各法律の規定によつて行なわれるものとされていた。しかし国税に関する不服申立ての審理手続についても、審査手続に協議団制度が導入され、各税法の規定の中に、国税庁長官または国税局長が審査決定を行なう場合に、「協議団の協議を経なければならない」と規定されていた外は、訴願法と比較して特記しなければならないほどの規定が設けられていたわけではないから、国税に関する不服申立ての事件である本件事案の解決に当たつても、従前の訴願制度と対比して審査法の特質を把握することが、重要な意味を持つことには変わりはない。

さて、訴願法は明治二三年に施行されて以来、審査法が施行されると同時に廃止されるまでの間、一度も改正されたことがなかつたが、一方において、審査請求、異議の申立て等種々の名称が付された行政上の不服申立て制度が、各種の行政法規によつて認められ、これらが全体として広い意味での訴願制度を形成していた。従前の訴願制度は、一面において、国民に対し簡易迅速な救済を与えることを目的としながらも、他面において、行政の自己統制ないし行政監督的作用を目的として併有し、しかも後者の方に重点を置いていたために、事案の公正な判断、権利の手続的保障という観点は、必ずしも重視されていなかつたといえよう。

これに対し、審査法は、一条一項において、この法律の趣旨を、「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」旨宣明している。

ところで、審査法は行政上の不服申立ての中心に審査請求をすえているのであるが、審査請求は原則として処分庁の直近上級行政庁に対してするもの(五条二項)とされているので、この点においては従前の訴願制度と異なるところがない。後述するように、審査法は、わが国の行政不服審査制度について、注目すべき幾多の改善点を実現しているのであるけれども、不服申立てを裁断する審査庁が、処分庁から独立した第三者機関ではないが故に、事案の公正な判断を期待するという意味で、国民の権利および利益を救済する制度として果して妥当なものであるかどうかは疑間の存するところであつて、この点において、審査法が施行された後の行政不服審査制度といえども、なお従前の訴願制度におけると同様に、行政の自己統制ないし行政監督的作用という色彩を濃厚に残存せしめているといわざるを得ないのである。もつとも、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立てについては、国税庁および国税局に協議団が設置され、国税庁長官または国税局長が決定または裁決をするについては、協議団の議決に基づかなければならないこととされている(国税通則法八三条一項)が、協議団はあくまでも審理機関であつて裁決権限者ではないのであり、しかも、協議団は、後述するように、国税庁または国税局の附属機関にすぎないのであつて、前叙のような行政不服審査制度の本質が変容せしめられるようなことは決してない。

それにもかかわらず、審査法は、従前の訴願制度と比較して、注目すべき改善を施している。

即ち、不服申立ての種類を、審査請求、異議申立て、および再審査請求の三種類に整理したこと、不服申立事項を従前の列挙主義から一般概括主義に改め、原則として不服申立てを広く認めることとするとともに、行政庁の不作為についても救済の途を設けたこと、不服申立事項に一般概括主義を採用したため、不服申立てをすべき行政庁が判然としないという欠陥を補填するために、行政庁に救済手段を教示する義務を課したこと、審査請求人に処分の執行停止を求める権利を認めたこと、審査および裁決の手続についてもかなりの規定をおき、その整備を図つたこと、以上の諸点を改善された要点として挙げることができよう。これらの諸点のうち、特に本件において関係の深い審理手続に関する諸規定について概観すれば、訴願法においては、訴願書の経由に当たる処分庁は、弁明書および必要文書を添えて裁決庁に送付すべき(一一条)ものとされ、審理の方式については、書面審理を原則とし、裁決庁が必要と認めたときに口頭審問をなすことができる(一三条)ものとされていた(もつとも、国税に関する不服申立てのうち協議団が審理すべきものとされていたものについては、協議団制度が発足した当初より、審査請求人の意見を聴取しなければならないとされていた。)のに対し、審査法においては、審査庁は、審査請求を受理したときは、処分庁に対し相当の期間を定めて、弁明書の提出を求めることができる(二二条一項)ものとされ、弁明書は正副二通を提出しなければならず(同条二項)、処分庁から弁明書の提出があつたときは、その副本を審査請求人に送付しなければならない(同条三項)ものとされており、弁明書に対しては、審査請求人は反論書を提出することができる(二三条)ものとされ、審理の方式については、書面審理を原則としながらも、審査請求人または参加人の申立てがあつたときは、審査庁は口頭で意見を述べる機会を与えなければならない(二五条一項)ものとされ、更に、審査請求人または参加人は、審査庁に対し、第三者の利益を害するおそれがあると認められるとき、その他正当な理由があるときを除いて、処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる(三二条二項)ものとされ、また利害関係人の参加の制度が認められ(二四条)ている外、証拠書類等の提出(二六条)、参考人の陳述および鑑定の要求(二七条)、物件の提出要求(二八条)、検証(二九条)、ならびに審査請求人または参加人の審尋(三〇条)については、審査請求人または参加人に申立権を賦与する旨の規定が設けられている。これらの審理手続に関する規定は、当事者が参与する対審的審理構造をとつておらず、また審理公開の原則を採用していないとはいえ、従前の訴願制度に対比するとき、審査請求人および利害関係人の権利および利益を手続的に保障するという方向に向つて、画期的な前進をはかつたと評価して差支えない。

以上において判示してきたところにより明らかになつた現行の行政不服審査制度の下において、事案の公正な判断を達成するためには、殊に審査手続を主宰する審査庁が、前叙のとおり、処分庁から独立した第三者機関ではないわけであるから、行政能率を著しく阻害しない限り、審査請求人または参加人の手続上の諸権利を十分に尊重するということによつて、右制度の欠陥が露呈することのないように努めなければならないのである。

三、本件審査手続が審査法二二条に違反し、争点を整理ないし確定すらしようとしない違法があるとの原告の主張について

(一)  審査法二二条は、一項において、「審査庁は、審査請求を受理したときは、審査請求書の副本又は審査請求録取書の写しを処分庁に送付し、相当の期間を定めて、弁明書の提出を求めることができる。」と規定し、三項において、「処分庁から弁明書の提出があつたときは、審査庁は、その副本を審査請求人に送付しなければならない。ただし、審査請求の全部を容認すべきときは、この限りでない。」と規定している。

審査法二二条一項の規定は、審査庁が処分庁に対し弁明書の提出を要求すべきであるかどうかについて、その形式上一見したところ、審査庁の自由な裁量に委ねているようにみえるけれども、訴願法においては、訴願は処分庁を経由して提出すべき(二条一項)ものとされ、処分庁は訴願書を受け取つた日から一〇日以内に弁明書および必要文書を添えて裁決庁に送付すべき(一一条)ものとされていたところ、実際には弁明書の作成のために訴願書の送付が遅れ、その結果訴願人の地位が不利になる弊害があつたという批判に対処するため、審査法においては、審査請求書を原則として直接審査庁に提出させる(五条二項)こととし、処分庁が審査請求書を受け取つた場合においても、直ちに審査請求書を審査庁に送付すべき(一七条二項)ものとして、右のような弊害が発生しないよう配慮した結果、処分庁の弁明書の提出は、審査庁より求められてからするということにされたのであり、この場合、審査請求を全面的に認容するとか、あるいは審査請求が不適法であることが明らかであることもありうるので、弁明書の提出を求めるかどうかを、一応審査庁の判断に委ねたにすぎないものと解すべきである。そして、訴願法との対比において審査法を解釈するならば、審査法二二条の規定は、二項および三項にその改善点があるものとみるべきであつて、この三項の規定は、同法三三条の書類閲覧請求権、同法二三条の反論書の提出権とともに、審査請求人が処分庁の処分理由を知り、かつその証拠資料を検討する機会を得て、争点を明確に把握し、これに対する攻撃防禦方法を講じる上で、重要な規定であることはいうまでもない。

このような前提の上に立つて審査法二二条一項の規定を解釈すれば、右規定は、第一次的には、審査庁が審査請求の当否について判断するための資料を収集する手段として活用されるべき規定であることが明らかであるから、審査庁が処分庁より弁明書の提出を求めなくとも、その外の手段によつて事案の争点が十分に明確になり、審査庁が当該審査請求の当否を判断するについて何ら支障がないと考えた場合にまで、すべて弁明書の提出を求めなければならないとすれば、事案の能率的な処理という要請に背くことになるから、このような場合にまで、審査庁に弁明書の提出を求めるべき義務があるということはできないけれども、審査法二二条を全体としてみれば、右規定は第二次的には、審査請求人に対し処分庁の弁明内容を知悉する機会を与えたという点にも意義があるわけであるから、右のような場合であつても、審査請求人が弁明書の副本の送付方を請求した場合には、審査請求人に対し処分庁の弁明内容を開示して、その後の審理手続をより公正にするために、審査庁としては、処分庁に対し弁明書の提出を要求した上、その副本を審査請求人に送付すべきであり、したがつてこの場合においては、審査庁に弁明書の提出を求めるべき義務が生ずるものと解するのが相当であつて、審査庁がこれらの手続を怠つた場合には、その審査手続は違法性を帯びるものというべきである。

(二)  これを本件についてみるに、原告が昭和三九年五月四日被告に対し処分庁である城東税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告が同月二五日原告に対し被告は城東税務署長に弁明書の提出要求をしていないから副本を送付することができない旨の回答をしたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠略〉によると、原告が被告に対して請求した事件審査請求事件は、昭和三九年四月八日頃、主任協議官藤木某、担当協議官柴村晋、および参加協議官小橋某によつて構成されている協議団に配付されてきたが、主任協議官および担当協議官は処分庁の処分理由が判明すれば、処分庁に対し弁明書の提出を要求しないという考えであつたため、まず担当協議官がその補助職員長沢信夫とともに処分庁である城東税務署に赴き、原告の所得調査書を検討したところ、処分理由が明らかになつたので、処分庁に対し改めて弁明書の提出を要求するようなことはしなかつたこと、柴村晋は昭和四〇年七月三日まで大阪国税局協議団本部に協議官として勤務していたが、処分庁に対し弁明書の提出を要求した経験を持つていないこと、原告の弁明書副本の送付方請求に対し送付することができない旨の回答をしたのは協議団本部の庶務係であること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(三)  右に認定した事実によれば、原告は被告に対し弁明書副本の送付方を請求したにもかかわらず、被告は処分庁に対し弁明書の提出を要求しないまま、原告の右請求に応じられない旨の回答をしたのであつて、このような被告の態度は、審査法二二条に違反することが明らかであり、本件審査手続を違法ならしめるといわなければならない。

被告は、所得税にかかる審査請求は、事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであるので、審査請求の審理に当たつては、処分庁より弁明書を徴収するよりも、税務行政に習熟した協議官が自ら進んで必要な調査を行ない、処分庁関係職員および審査請求人の双方より口頭で意見を聴取する方がはるかに迅速でかつ適正な処理をはかることができる旨反論する。しかしながら、原告が審査法に定められている手続上の利益を享受しようとする意思を明確に表明しているにもかかわらず、これを無視してまで事案の簡易迅速な処理をはかる必要性は毫も存しないから、本件審査手続における右の点の違法性が被告の反論によつて左右されるものではない。

(四)  なお、原告は、被告の審理方法は争点の整理ないし確定すらしようとしないもので、行政不服審査制度をじゆうりんし違法である旨主張するけれども、被告が処分庁に対し弁明書の提出を要求しなかつたことをもつて、直ちに被告は争点の整理ないし確定をしていないと即断することはできないのみならず、〈証拠略〉によれば、本件審査請求事件の審理を担当した協議団では、担当協議官あるいはその補助職員が、処分庁において所得調査書を調査検討し、また処分庁の当時の係官とも面接して調査し、更に原告とも二、三回面接して調査を行なつた結果、本件審査請求事件の争点は、収入金額、雇人費、および外注費の三点に整理されたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告の審理方法が争点の整理ないし確定をしようとしないものであるということはできない。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(五) 本件審査手続が審査法二二条に違反し違法であることは前示のとおりであるが、右手続に基づいてなされた裁決がその取消事由に該当するほどの違法性を帯びるかどうかについては、なお検討を要する事柄である。審査法二二条三項の規定が審査請求人の手続上の利益を保障した上で重要な規定であることは、三(一)において説示したとおりである。しかしながら、処分庁が審査庁に対して提出すべき弁明書をいかなる様式に従つて作成すべきか、またこれにいかなる内容を記載すべきか、つまり処分の理由を弁明書においてどの程度に開示すべきかについては、審査法は全く触れるところがない(昭和三七年九月二六日人事院規則一三―一、二六条はその特例である。)。それ故、弁明書をいかなる様式に従つて作成すべきか、またこれにいかなる内容を記載すべきかは、処分庁の裁量に委ねられているものと解さざるを得ない。このことは、審査法が二三条において、審査請求人は弁明書に対し反論書を提出することができるものと規定していることによつても左右されない。何故なら、審査請求人が内容空疎な弁明書に対して反論書を提出しても、一向に差し支えないからである。本件の場合において、仮に審査庁である被告が処分庁である城東税務署長に対して弁明書の提出を要求し、同署長が弁明書を被告に対し提出して、更に原告がその副本の送付を受けたとしても、これによつて果して本件更正処分の処分理由が十分に明らかになり、原告がこれに対し適切な攻撃防禦方法を講じえたかどうか、またそのことによつて本件裁決の結論に影響が及ぶ可能性があつたかどうか、甚だ疑問であるといわねばならない。したがつて、本件審査手続が審査法二二条に違反しているという違法は、未だ本件裁決の取消事由に該当しないと解するのが相当である。

四、本件審査手続が審査法三三条二項に違反し、違法であるとの原告の主張について

(一)  原告が昭和三九年五月四日被告に対し本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したところ、同月二九日被告が原告に閲覧させた書類は、更正処分通知書(写)、異議申立書および附属書類、異議申立決定書、異議申立補正命令書、申告所得税課税台帳(写)、および確定申告書(写)の六通のみであつたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  被告は、当初原告の昭和三七年の所得調査書が処分庁より被告に対して提出されており、これが審査法三三条二項前段に規定されている閲覧の対象となる書類に該当することを認めていたが、後になつて、右陳述は真実に反し錯誤に基づいてなされたものであるから、その自白を撤回する旨主張し、一方原告は、右自白の撤回に異議がある旨陳述するので、果して自白の撤回が有効になされたかどうかについて判断することとする。

本件の弁論の経過に照らすと、被告は、昭和四〇年六月二九日付、同年一一月六日付、昭和四一年四月一日付、および昭和四二年六月六日付各準備書面において、原告の昭和三七年の所得調査書が審査法三三条二項前段に規定されている閲覧の対象となる書類に該当することを当然の前提として認め、ただ本件審査請求事件においては、同項後段に規定されている閲覧拒否についての正当な理由がある旨の主張を詳細に展開していたのであるが、昭和四三年三月一八日付準備書面に至つて、一転して右自白を撤回した上、原告の昭和三七年の所得調査書は処分庁より被告に提出されていなかつた旨の主張をはじめたことが認められる。本件訴訟は昭和三九年一二月三日に提起され、その訴状の副本は同月九日に被告に対し送達されていることが本件記録上明らかであるから、被告が原告の所得調査書は処分庁より被告に提出されていなかつた旨の主張をはじめたのは、被告が本件訴訟が当裁判所に係属したことを知り、そのための攻撃防禦方法を講じることができる状態になつて以来、実に三年以上の歳月が経過した後のことであつて、被告が真実に反する自白を故意にしたのではないかという疑念が一応生じるともいえよう。

しかしながら一方において、〈証拠略〉によると、本件審査請求事件において処分庁より提出された書類は、原告に閲覧を許可した六通の書類だけであつて、原告の所得調査書は被告に提出されていなかつたこと、事案によつては、協議官あるいはその補助職員が処分庁において所得調査書等を調査した際、借用書を入れて所得調査書等を審査庁に持ち帰ることがあるが、本件審査請求事件においては、争点が比較的限られていたので、所得調査書を持ち帰るようなことはせず、ただ処分庁においてその要点をメモし、これを持ち帰つたにすぎないことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、また本件記録によると、長沢信夫が当法廷において証言したのは昭和四二年八月二九日であり、柴村晋が証言したのは、同日の外、昭和四三年二月二日、および同年五月一三日であつたことが明らかである。

右に認定した事実によれば、被告の自白は真実に反した陳述であるといわざるを得ないし、被告の主張の変更と証人長沢信夫および同柴村晋の各証言との時間的関係を考慮すると、被告が故意に右のような真実に反する自白をしたとも認め難いから、結局被告の自白の撤回は有効になされたと解すべきである。

(三)  そこでつきに、協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫が処分庁において原告の昭和三七年の所得調査書を調査検討した際、この要点を写して作成したメモが、審査法三三条二項前段に規定されている閲覧の対象となる書類に該当するかどうかについて、検討することとする。

(1)  ところで、右のメモは本件訴訟において証拠として提出されているわけではないので、その内容がどういうものであつたかは、被告の主張および長沢信夫ならびに柴村晋の各証言に基づいて、推断する外はない。

まず被告の主張によれば、原告の昭和三七年の所得調査書の内容はつぎのようなものであつたというのである。

昭和三七年一一月の調査に関する事項として、売上金額、所得率、算出所得金額、標準外経費(雇人費、外注費)、標準外経費控除後の金額、売上金額および所得金額の前年分との対比、所得率の検討に関する事項、調査担当者に対する指示、小橋金属に対する月別売上高、材料代および他に売却した金額、一部の支払経費に関する事項、外注費の細目、月別支払給料額、所得率についての原始記録保存分からの検討事項、図面、源泉徴収に関する事項。

昭和三八年七月の調査に関する事項として、売上金額、所得率、算出所得金額、標準外経費、標準外経費控除後の所得金額、売上金額および所得金額の前年分と対比、所得の率の検討についての調査担当者に対する指示、原告の事業の概要、仕入先および取引品目、取引銀行および取引の種類、従業員の状況、設備の状況、原告の申告額についての申立内容、おこなつた調査の方法および実額によることの困難性、所得率および所得率算出の基礎となつた同業者名、小橋金属に対する調査結果としての月別工賃収入、小橋金属以外からの収入およびその内容、所得率の検討、雇入費、外注費、昭和三七年中に取得した資産のうち判明したもの、熔接材料の仕入先、外注先、および判明した範囲の支払金額。

つぎに、証人長沢信夫、同柴村晋の各証言によれば、協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫は、本件審査請求事件の配付を受けて間もなく、城東税務署に赴き、同所において原告の昭和三七年の所得調査書を調査検討したが、その際各人が各別に大阪国税局の罫紙を使用して、その要点を書き写したメモを作成したこと、長沢信夫が作成したメモは罫紙二枚程度のもので、その内容は、売上収入、事業概況書、一般経費、外注費、雇人費、小橋金属よりの売上報告書等であつたこと、また柴村晋のメモは主として本件審査請求事件の争点に関連した事項について作成された罫紙一枚程度のもので、その内容は、損益計算書、即ち、収入金、所得率、標準外経費、標準外経費控除後の所得金額、更に、所得金額の前年との対比、従業員数、従業員一人当たりの給与額、各項目の説明書とその根拠等であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

長沢信夫および柴村晋の右各証言は、同人らの記憶に基づいて陳述されたものであるから、これのみによつて同人らが作成したメモの内容の詳細を確定することは困難であり、しかし一方、右メモに行政庁内部の調査担当者に対する指示事項および調査担当者の調査方針等が転記されていたとの立証はないので、結局右メモの内容は、被告が原告の昭和三七年の所得調査書の内容であるとして主張するもののうち、処分庁内部の指示事項や調査方針を省いたものを簡略化したものであると判断してよいと思われる。

(2)  審査法三三条一項および二項の趣旨からみれば、審査請求人または参加人が閲覧を請求し得る書類その他の物件とは、処分庁より審査庁に提出されたすべての書類および物件ではなく、当該処分の理由となつた事実を証する証拠資料を意味するものと解せられる。そして被告は、本件更正処分の理由となつた事実として、つぎのとおり主張している。即ち、処分庁の本件更正処分における処分内容としての課税標準の算出過程は、収入金額に所得率を乗じて得た算出所得金額より、標準外経費として、雇人費、外注費を控除したものである。そして、収入金額は原告の取引先である小橋金属に対する調査に基づいている。なお、小橋金属より支給された材料を第三者に売却したことによる収入金額は、当該第三者に対する調査によるものである。所得率は原告と同規模の小橋金属の下請先の所得率によつている。雇人費は、原告が呈示したメモおよび原告の源泉徴収所得税の申告額に基づくものであり、外注費(内職費を含む。)は、原告に対する調査、外注先に対する反面調査によつて確認しているが、実額を把握できなかつた部分については推計によつている。被告は以上のように主張している。

そうすると、柴村晋および長沢信夫が作成したメモが、本件更正処分の理由となつた事実を証する証拠資料となりうる性質の書類であることは明白である。

(3)  そこで更に、右のメモが審査法三三条二項前段に規定されている処分庁から審査庁に提出された書類に該当するかどうかについて考えてみる。

ところで、審査法三三条二項前段は、「審査請求人または参加人は、審査庁に対し処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる。」と規定しているが、右規定は、前示のとおり、審査請求人等に処分庁の処分理由を根拠づける証拠資料を検討する機会を与えるという重要な意味を有していることを考慮すれば、右規定にいう「処分庁から提出された書類その他の物件」とは、当該処分の理由となつた事実に対する処分庁の証拠資料で、審査庁に現に存在するもの(全部、一部もしくはその抜萃たるとを問わない。)をいうと解するのが相当であつて、正式の提出手続を経て提出された書類その他の物件に限らないと解すべきである。

これを本件についてみるに、〈証拠略〉によれば、所得調査書を借用しようとしても、処分庁が次年度の調査をしている等の理由により借用できない場合があること、柴村晋および長沢信夫が作成したメモは、原告が本件閲覧請求をした当時担当の協議団の手許に存在したこと、右メモは単なる作成者の私物ではなく、協議団が合議する際に資料として使用され、その必要部分は被告に対して提出される決議報告書に転記された後、廃棄されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右に認定した事実に、前示四(三)(1)において認定した事実も加えて判断すると、所得税に関する不服申立てにおいて処分庁が当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件の一部を審査庁に提出しないのは、所得税に関する処分が反復的であるため、処分庁としては所得調査書等が長期にわたつて手許にないと、次年度の処分をなすにつき支障をきたすこと、また協議団の係官も気軽に処分庁へ赴いて所得調査書等を閲覧調査し、必要があればその要点をメモする等の方法をとつているので、提出されないことにさほど不便を感じていないという特殊な事情によるものと考えられ、このような事情の下に作成された右のメモは、処分庁が作成ないし収集し、かつ保管しているところの、処分の理由となつた事実を証する書類と同一視しうるものであり、処分庁より原書類が提出されない欠陥を補填する役割も果しているのである。

そうすると、柴村晋および長沢信夫が作成したメモは、閲覧請求権の対象となる書類に該当するといわなければならない。

(四)  つぎに、被告は、原告の本件閲覧請求を拒否するについて正当な理由があつた旨主張するので、この点について判断することとする。

審査法三三条二項後段は、「審査庁は、第三者の利益を害するおれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない」と規定している。即ち、審査庁は正当な理由があるときに限つて、審査請求人または参加人の閲覧請求を拒否することができるのである。そしてここでいう閲覧拒否を正当化する「正当な理由」とは、審査請求人等の閲覧請求権と閲覧を許可することによつて生ずると予測される審査請求人等以外のものの利益の侵害とを調整する概念として理解すべきであるが、国家公務員法一〇〇条一項によれば、職員は、職務上知ることのできた秘密、つまり一般人の個人的秘密および行政上の秘密を漏らしてはならないとされ、しかも右義務に違反した場合には、刑罰による制裁を科されることになつており(同法一〇九条一二号)、更に所得税法にも同様の罰則規定が設けられている(旧所得税法七一条)ことを考慮すると、審査請求人等以外のものの利益の中には、第三者の個人的秘密、および行政上の秘密の両者が含まれると解するのが相当であり、その外正当な防禦権の行使としてではなく、税務行政を混乱に陥れようとするような意図でなされる等、閲覧請求権の濫用にわたる場合も、閲覧拒否についての正当な理由があると解すべきである。しかしながら、閲覧拒否の正当な理由としての第三者の個人的秘密あるいは行政上の秘密が存在するといえるためには、単に審査庁がその裁量によつて右の要件が具備していると認定するだけでは不十分であつて、かかる事項が、審査請求人等あるいはその外の一般人に知られないことについて客観的にみて相当な利益が存在する場合でなければならない。けだし、審査庁の裁量によつてその要件の存否を認定できるとすれば、審査庁は処分庁の上級行政庁であつて第三者機関ではないのであるから、審査請求人等の閲覧請求権を不当に制限する虞れがあるからである。

これを本件についてみると、〈証拠略〉によると、過去において、納税者が調査の内容を知つたために納税者とその取引先との間で問題が起こつた事例があること、また商工会関係者が調査に応じた銀行に対し集団で抗議したことがあること、更に取引先等が秘密にすることを条件として調査に応じる場合もあることを認めることができるが、これらの事実はいずれも本件に関係のある第三者の利益とは直接関係がないのみならず、原告が柴村晋および長沢信夫が作成したメモを閲覧することによつて、原告の主要取引先である小橋金属、同社より供給を受けた材料の売却先、所得率算定の基礎となつた同業者、および原告の取引銀行等が一体いかなる具体的利益を害されるのかについては全く立証がないのであり、かえつて、右各証言を仔細に検討すれば、本件の場合、右にあげたような第三者に対する調査内容の中には、原告に対し特別秘密にしなければならないような事項は見出しえなかつたという趣旨の供述も存在するのであつて、結局右メモには、第三者の個人的秘密は存在しなかつたといわざるを得ない。

つぎに行政上の秘密については、前示のとおり、右のメモには処分庁の指示事項や調査方針が記載されていなかつたと考えられるが、仮にこのような記載がなされていたとしても、その記載内容が果して行政上の秘密に該当するかどうかについて、裁判所が判断をなし得る程度に具体的に主張した上、それが行政上の秘密に該当することの立証もなすべきであるにもかかわらず、本件においてはそのような主張立証が全くなされていないから、右のメモに行政上の秘密事項が記載されていたということはできない。

それ故、本件閲覧請求を拒否するにつき正当な理由があつたとの被告の主張は、失当である。

(五)  したがつて、原告の閲覧請求に対し被告がこれを拒否したのは、審査法三三条二項に違反しており、本件審査手続はこの点においても違法である。

もつとも、審査法三三条二項に違反している審査手続に基づいてなされたすべての裁決が取り消されるべきものと解するのは妥当ではなく、裁決がその取消事由に該当するほどの違法性を帯びるのは、閲覧拒否にかかる書類その他の物件に対し適切な反証を提出することによつて、当該裁決の結論に影響が及ぶ可能性のある場合に限られると解するのが相当である。けだし、書類その他の物件の閲覧請求権が審査請求人または参加人に認められているのは、攻撃防禦方法を講じる上での手続的な利益を審査請求人らに保障したものであるからである。しかしながら、本件の場合においては、前示のような柴村晋および長沢信夫の作成したメモの記載内容、および本件審査請求事件の争点から判断すれば、右のメモの記載容内に対し適切な反証を提出することによつて、本件裁決の結論が容易に左右されたであろうことは明らかであるから、本件裁決もまた違法性を帯びるものといわねばならない。

五、本件審査手続が審査法二五条一項、国税通則法八三条一項に違反し、違法であるとの原告の主張について

(一)  原告が昭和三九年六月一〇日被告に対し、意見陳述の機会を与えられるべく申立てをしたところ、被告が同月一八日原告に対し、同月二五日午後二時意見陳述を聞く旨の通知をなし、その際意見陳述の聞き手として大阪国税局協議団所属の協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫を指定したことについては、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、国税庁および国税局と協議団との間の行政組織上の関係について考察する。

協議団は、国税庁および国税庁の地方支分部局である国税局(大蔵省設置法四二条)に設置された附属機関の一つであつて(同法三九条一項、四五条一項)、国税庁長官または国税局長に対する内国税に関する不服申立てについて、国税通則法八三条一項に規定する議決を行なう機関(大蔵省設置法三九条二項、四五条二項、団令一条一項)であり、協議団の協議官は国税庁長官によつて任命され(団令二条三項)、更に国税庁長官は、各協議団に、その庶務に従事させるため、協議官の外、所要の職員を置くことができる(同条四項)とされているので、協議官およびその補助職員は、国税庁長官または国税局長の一般的指揮監督の下に服する国税庁または国税局の職員であることは当然であり、この意味において、協議団が審査庁から全く独立した第三者機関であるということはできないのである。もつとも、協議団制度は、シャウプ勧告に基づき、国税庁長官または国税局長に対する不服申立てについて、客観的第三者的立場に立つて公正な審理と判断をなし得るよう保障するために導入されたもので、協議団の議決は、三人以上の協議官をもつて構成する合議体の合議により行なうものとし、合議体の長を含む過半数の協議官の意見によつて決定することになつており(団令四条)、その議決内容は書面をもつてすみやかに国税庁長官または国税局長に報告しなければならない(団令六条)とされ、更に、国税庁長官または国税局長が国税に関する法律の規定に基づく処分に対する不服申立てについて決定または裁決をする場合には、協議団の議決に基づいてこれをしなければならない(国税通則法八三条一項)とされているので、この意味において、協議団の議決に対しては裁決権限者である国税庁長官または国税局長の指揮監督を受けないものとされているのであるが、この場合においても、協議団が国税庁長官または国税局長に対して独立性を有しているのは、租税要件の認定という事実問題に関してだけであり、国税庁長官の発する基本通達には依然として拘束されているのである。

(三)  かようにして、協議官およびその補助職員といえども、審査法三一条にいう審査庁の職員に該当することが明らかとなつたが、更に団令五条によれば、協議官は合議に付された事案において、自ら必要な調査を行ない、処分庁の処分に関する事務に従事した職員および当該不服申立てをした者にその意見を述べる機会を与えなければならないとされており、協議団が審理に当たる国税の不服申立て事件については、むしろ口頭審理が原則とされていることになるから、右規定は審査法二五条一項に対する特別規定とみるべきであつて、この場合の意見陳述の相手方は当然協議団でなければならない。

(四)  また実質的にみても、審査請求人の意見陳述は、単なる裁決権限者にすぎない国税局長よりも、実際の審理に当たつている協議団の係官にさせた方が妥当である。即ち、国税庁長官または国税局長に対してなされる不服申立てについては、協議団が実際の審理に当たることになるので、この場合には、裁決権限者と審理機関とが分離されているのであり、審査庁の裁決は裁決権限者の最終判断にかかつているのはいうまでもないけれども、右裁決は、前示のとおり、協議団の議決に基づいてしなければならないとされているのであるから、審査請求人としては、審理機関である協議団に対して自らの主張を十分に尽し、これを理由づける証拠資料を遺漏なく提出することによつて、まず協議団の議決の中に自らの主張を反映させる必要があり、そうすればまた審査請求人にとつて公正な裁決もなされることになるのである。〈証拠略〉によれば、原告の本件審査請求事件は、昭和三九年四月八日頃に大阪国税局協議団の担当協議団に配付され、その後審理を重ねた結果、同年六月下旬頃、右協議団において議決がなされたことが認められる(右認定に反する証拠はない。)から、原告が被告に対し意見陳述の申立てをしたときは、本件審査請求事件は担当協議団のところで審理中であつたのであり、そうであればなおさら、担当協議団の係官に対して意見陳述をする方が効果的であつたのである。

原告は、審査庁である被告に対し意見陳述をする必要性が法律上もある旨主張するが、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、大量かつ反復的に生じるのであるから、審査庁に対する意見陳述といつても、結局は審査法三一条によつて審査庁の下部職員がその名において意見陳述を聞く相手方とならざるを得ないこととなり、これでは果して十分な裁決の資料となりうるのかどうか甚だ疑問であつて、原告の右主張にはにわかに左袒できない。

(五)  そして〈証拠略〉を総合すると、被告が意見陳述を聞く日として指定した昭和三九年六月二五日、原告は、他の審査請求人、弁護士数名、その他城東商工会事務局関係者とともに、大阪国税局に出頭したが、意見陳述を聞く相手方として協議官が指定されていることに疑問を投げかけ、その代表数名が大阪国税局協議団本部の副本部長と面談した結果、意見陳述の聴取者の資格については検討して後日回答するということになつたこと、一方意見陳述を聞く担当係官として指定された協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫は、意見陳述を聴取するため所定の部屋で待機していたが、原告はここに出頭しなかつたこと、以上の事実を認めることができ、担当係官の待機する部屋には入れてもらえなかつたという〈証拠略〉は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実から判断すれば、被告は原告に対し意見陳述をなす機会を与えたものと認められる。

(六)  したがつて、本件審査手続は、審査法二五条一項、国税通則法八三条一項に違反し、違法であるとの原告の主張は失当であつて、これを採用することができない。

六、本件裁決には協議団としての独自の議決に基づいていない違法があるとの原告の主張について、

原告は、被告が意見陳述の相手方として協議官を指定したことから判断すれば、被告は協議団制度の意義に反し、協議官の中立的地位権限を無視しているのであり、事実上協議官を自己の下部職員として扱つているのであつて、本件審査請求事件においては、協議団としての独自の議決はなかつたといわなければならないから、本件裁決には協議団の議決に基づかない違法がある旨主張する。

しかしながら、国税局協議団は、元来制度上国税局長に対する関係では、五(二)において判示した程度の独立性しか有していないのであつて、被告が原告のなした意見陳述の申立てに対して、これを聴取する相手方として担当協議団の協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫を指定したことをもつて、直ちに協議団の独立性を否定し、その中立的地位権限を無視しているとはいえないところであり、前示のような独立性すらも否定されているというようなことは、本件証拠によつて認めることができない。そして前示のとおり、本件審査請求事件については、昭和三九年六月下旬頃に協議団の議決がなされていることが明らかであるから、本件裁決は特段の事情のない限り、右議決に基づいてなされたものと認めるべきである。

したがつて、本件裁決には、協議団としての独自の議決に基づいていない違法があるとの原告の主張も失当であつて、採用できない。

七、本件裁決は、審査法四一条に違反して理由附記が不備であるから違法であるとの原告の主張について

審査法が四一条一項において、裁決の書面に理由を附記すべきことを要求しているのは、裁決機関の判断を慎重ならしめるとともに、裁決が裁決機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解されるから、その理由としては、審査請求人の不服の事由に対応して、その結論に到達した過程を、審査請求人に理解し得る程度に明らかにしなければならない(最高裁判所昭和三七年一二月二六日判決、民集一六巻一二号二五五七頁参照)。

しかしながら、〈証拠略〉によると、本件審査請求事件の争点は、収入金額、雇人費および外注費の三点であつたこと、および被告がなした本件裁決の裁決書謄本には、本件審査請求を棄却する理由として、「収入金額については反面調査により判明した五、八一四、〇〇七円を計上し、経費については提出の計算書に基づき同業者の経費等を比較検討して所得金額を算定した原処分は相当である。」と記載されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると本件審査請求事件の争点は右の三点のみであつて比較的争点の少ない案件に属するので、裁決書に附記すべき理由としては、右裁決書謄本に記載されている程度の理由をもつて足りると解せられ、また原告の収支計算書が本件更正処分の後に提出されたものであるとしても、右裁決書の理由は、その収支計算書と対比して検討してみても原処分の所得金額は相当であるという趣旨に解せられるから、そこには理由不備あるいは理由齟齬の違法はない。

したがつて、本件裁決には理由不備の違法がある旨の原告の主張は失当であつて、これまた採用することができない。

八、本件審査手続は公正であつたとの被告の主張について

被告は、本件審査請求事件においては、協議団の調査手続の過程で、協議官らが原告に対し個々の争点を告知して立証を促すことにより、十分な攻撃防禦の機会を与えたから、原告は、弁明書の提出がなかつたことおよび所得調査書の閲覧ができなかつたことによつて何らの不利益も蒙つていないと主張する。

〈証拠略〉によれば、本件審査請求事件を審理した際、協議官柴村晋およびその補助職員長沢信夫が原告に対し、口頭で本件審査請求事件の争点が、収入金額、雇人費および外注費の三点である旨を告知し、この点に関する説明ないし立証を促したが、争点となつている差額がいかなる事情により生じ、またその金額がいかほどであるかについては説明しなかつたこと、および雇人費については一部推計によつて算出されているがこのことも原告に説明しなかつたことが認められ、右認定に反する〈証拠略〉は瞹昧であつて信用できないし、〈証拠略〉は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

およそ租税に関する所得金額の認定に関して課税庁と納税者との間に争いがある場合に、納税者として有効的確な反論および立証活動をしようとしても、争点となつている差額がいかなる項目または細目より生じているか、またその金額がいかほどであるかというようなことが明らかでなければ、攻撃防禦活動に支障をきたすことは明白である。雇人費および外注費が特別経費に属する故をもつて、争点の内容の詳細を原告に告知しなくても、原告の攻撃防禦活動に支障をきたさないと考えるのは、被告の独断にすぎない。

そうすると、協議官らは原告に対し十分な攻撃防禦の機会を与えなかつたことになるから、被告の右主張は採用できない。

九、原告の主張は信義に反していて許されないとの被告の主張について

被告は、原告の確定申告時より審査手続に至るまでの一連の違法ないし不当な行動からみれば、原告が本件審査手続の違法を攻撃すること自体、信義に反していて許されない旨主張する。

なるほど、〈証拠略〉を総合すると、被告が原告の違法ないし不当な行為として指摘する事実のうち、つぎのような事実を認めることができる。即ち、原告は、昭和三七年の所得税について、その所得金額を生活費から逆算し、金七二〇、〇〇〇円と算出して確定申告をしたが、これに対して本件更正処分がなされると、異議申立てを行ない、このときはじめて収支計算書を提出するとともに、所得金額を金九三九、〇〇〇円と増額訂正したこと、原告は、城東税務署職員が昭和三七年一一月に行なつたいわゆる事前調査の際には、資料の一部を右職員に見せていたにもかかわらず、昭和三八年六月二七日のいわゆる事後調査の際には、多忙を理由に資料の提出を拒否し、また翌七月三日に資料を城東税務署まで持参することを約束しておきながら、その日になると、城東商工会の方より税務署との話合いは商工会を通じてするから勝手に税務署へ行かないようにという連絡を受けているとか、あるいは多忙であるとかを述べて、資料の提出を拒んだこと、原告は、本件更正処分がなされた後の同年一〇一八日、原告と同様に更正処分を受けた城東商工会会員および同会職員ら約五〇名とともに、城東税務署を訪れ、片山所得税課長に対し、更正処分の理由を開示してもらいたい旨要求し、また同月二四日にも、八ないし一〇名の者とともに同様の要求をしたこと、および原告は、本件審査手続中に意見陳述の機会を与えられておきながら、意見陳述をしなかつたこと、以上の事実を認めることができ、〈証拠略〉は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、原告が右認定のような行動をしたからといつて、これをもつて本件審査手続の違法を主張することが信義に反するというようなことは到底いえないから、被告の右主張もまた採用できない。

一〇、結論

以上の説示によつて明らかなとおり、本件審査手続には、被告が処分庁に対し弁明書の提出を求めた上その副本を原告に送付しなかつたという手続違背、および本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧請求を正当な理由なくして拒否したという手続違背が存するのであるが、右二つの違法のうち本件裁決の取消事由に該当するのは、前示のとおり、後者の違法である。即ち、審査請求人の書類の閲覧を請求しうる権利は、処分庁の処分理由の正当性を根拠づける証拠資料を検討する機会が審査請求人に対して与えられているという、審査請求人にとつて、最も重要でかつ基本的な利益を手続的に保障したものであり、しかも被告の主張をもつてしても、本件審査手続の前示違法性を解消させることはできないのであるから、かかる重大な瑕疵のある手続に基づいてなされた被告の本件裁決もまた違法であつて、取消しを免れない。

よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(石崎甚八 喜多村治雄 南三郎)

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